長崎 アンチ観光アンチ旅

旅好きだけど金がない。ならば地元を旅しようw の精神でこのブログ始めました! 来崎される皆さんの役に立てれば幸いです!

福沢諭吉 と 長崎 関連施設いかなくちゃ。

 

 

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福沢諭吉 と 長崎 関連施設いかなくちゃ。

 

Re 19/4/13

【データ】

歩数 853歩

時間 9分

来崎 1854年 安政元年 (19歳) 約1年間

寺  光永

井戸 砲術家・山本物次郎住宅跡近辺

銅像 諏訪神社内 祓戸(はらへど)神社前

 

おんちゃス。

2019年、4月8日から9日の早朝、紙幣が総とっ変え…って突然発表されました。

専門家のレポート・投稿を見てみると、選挙対策に…とか偽造防止、キャッシュレスへの布石から政府の陰謀論まで色々載ってました。

もう諭吉1…とか言えないんスねw

 

その諭吉先生、実は当時、最先端の学問「蘭学」を学びにお兄さんと1年程長崎におられたとの事。

ちゃんと自伝にも書いてあるってるのでホントでしょう。

今回はその諭吉関連施設を見て回ります。

長崎の観光名所、眼鏡橋近辺に集まっているので、石橋群や坂本龍馬関連を見た後なんか良いと思います。

ついで回りが出来るくらいの距離になってますよ。

f:id:matu-koug:20190411052714j:plainでは先ず分かりやすい眼鏡橋から!!

 

眼鏡橋、中島川公園を上流へ。

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兎に角上流へ。

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するとお寺が見えてきます。

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ココが福沢諭吉、第1の関連施設「光永寺」

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留學址(りゅうがくあと)と書いてますね。

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正門は17:00で閉まってしまいます。幹の太さからして、この銀杏は見たカモしれません。

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残念ながら本堂は猫が入るので閉まってましたが、希望があれば参拝可。

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説明板にはこの光永寺に「一時寄宿」と書いてます。

一時。。ビミョーなニュアンスです。

しかしTV番組で宿泊した部屋や、書物が残ってる…ってのは見た事あります。

窓際の狭い部屋でした。

今、公開すればお布施が増えるんじゃ…と思ったのは自分だけでしょうかw

正門が閉まってる場合でも左側にある駐車場入り口から入れる様になってましたよ。

では次の関連施設へ参りましょう!

 

再び上流へ。 この四本松は当時もあったかな?

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進。

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途中にある石碑は虚無僧止宿所、松壽軒跡。

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松壽軒(しょうじゅけん)

1640年 寛永17年に虚無僧の宿所として完成し、尺八琴流文化の伝承地になっていた。

石碑は平成13年1月設置。

 

進。川の様子は当時の雰囲気が残ってると思います。

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この宮の下公園先から左へ。

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電車通りに出ます。信号を渡り、正面の道路へ。

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進。

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このカレー屋さん⁉から右へ。

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進。奥の木を目指します。新札が発表された翌日はまだ桜が咲いてました。

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この空き地の奥には古そうな石垣が。造り、あまかわの感じからして江戸時代のモノか⁉

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そしてコレが諭吉先生が使った…と言われる井戸。

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井戸はこの中です。後ろの塀もそのまま残ってるモノでしょう。

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深さは6mあるらしいのでまだ水は湧き出てます。

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わざわざ修復内容を教えてくれてましたが、残念ながら細かいトコまでは確認出来ず。

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1990年 平成2年の10月に屋根が付いたそうッス。

で、諭吉先生が滞在された「山本物次郎の住宅跡」は井戸の裏なのか右なのか表記されてません。

調べると共同井戸だった、ってのは分かってるみたいですケドね。

この辺、住宅街築になってますがまだ古い建物がいくつか残ってますよ。

では最後の関連施設へ。

 

井戸からそのまま進みます。

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スタンドの方へ。

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再び電車通りです。点字ブロックに沿って進。

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左奥の鳥居を目指します。

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地下道へ。

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左へ進。因みにここは唐子絵で有名な野田照雄先生の長崎くんちイラストが多数あるので一周するのもオススメです。

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上へ。

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参道を上ります。

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途中に道路がありますよ。結構車も通ります。

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左側にある合祀された祓戸神社へ。

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なんとここに諭吉先生の銅像が!

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結構新しいッスw

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三田会の三田は三田キャンパスの事かと。

恐らく慶応卒の長崎人が結成したのが三田会だと思われます。

で、銅像を建てれる場所がココしかなかったって感じスかね。

因みにこの諭吉先生、ディズニーがCGアニメで作ったらこうなった、って雰囲気ですw

 

以上、福沢諭吉と長崎、関連施設いかなくちゃ。でした!

三カ所とも石碑と銅像が立ってたんですが、恐らくどれも三田会の方が建てたと思われます。

掘られた文字は歴代慶応義塾塾長の筆との事でした。

 

わずか一年という短い間でしたが、長崎で蘭学を学んだ事がきっかけで日本の近代化に貢献する重要な役割を担ったそうです。

書物によっては先に山本宅に寄って光永寺にいた…と順番が逆になってますが、どれがホントか分からず。

山本宅の詳しい場所はもう分からない様ですね。1850年代の古地図があれば何とかなるんでしょうケド。

分かった方は是非発表して下さいw

 

来崎された皆さん中にも慶応出身、関係者、そして諭吉先生ファンも多くいると思います。

勿論この長崎の諭吉関連施設、行きますよね!

遥々長崎まで来て、志高く蘭学を学んでいた諭吉先生の思いを感じるのも良い旅の思い出になると思います。

 

因みになんと長崎には大隈重信先生 関連施設もありますよww

 

見てくれた皆さん、

使ってくれた皆さん、ありがとうございました。

一万円札を握りしめて是非行ってみて下さい!!

 

資料

長崎市南公民館 どじょう会「長崎の碑 第11集」

「歴史散歩 長崎の中島川巡り」

 

松浩G